東京電力が福島第1原発で想定した津波の高さは5.7メートルだった。しかし平安時代(794年―1192年)の869年に発生した貞観(じょうがん)地震では、8メートル以上の津波が現在の福島第研究機関、産業技術総合研究所(AIST)の2010年の分析で判明していた。
研究チームは東北地方太平洋岸で、貞観地震で発生した津波による堆積(たいせき)物を調べた。その結、原発に近いところで現在の海岸線から1.5キロ内陸まで津波が到達していたことを突き止めた。この規模の津波を起こすには、南北200キロの断層がずれたと考えられる。
AISTの岡村行信・活断層・地震研究センター長は、コンピューターによる試算で第1原発付近の津波高を見積もった。
「8メートルは最小限の数字だ。原発の津波対策に適用する場合には、さらに高い波の想定が必要になる」
東京電力は、貞観地震による津波を過小評価していたことになる。同社では「過去の発生データを踏まえて最大限の設計をしてきたつもりだ。しかし今回のことを真摯(しんし)に受け止め、原因について十分に評価・検討していきたい」と話す。
実は貞観地震の研究が進んだのはこの数年だ。古文書によって、仙台平野に巨大津波が押し寄せ、大きな被害を出したことは知られていた。しかし、震源が宮城県沖から福島県沖まで広範囲に及ぶ可能性があることが分かったのは昨年だ。こ東京電力もうした研究を受け、貞観地震の再評価を前提に、約1年前に東北大の研究者に接触するなど、調査に動き出した直後だった。
東京都市大学の吉田正(よしだ・ただし)教授は、原子力発電所の津波対策が遅れた背景として、「耐震安全性を考慮する際、地震の揺ればかりに目が向いていた」と指摘する。さらに、津波被害として今回のように建屋が浸水して全電源が失われる事態は考慮されていなかった。06年の耐震安全設計指針の改定によって、政府は各電力会社が運営する原子力発電所の耐震安全性の再チェックを求めた。しかし、09年の中間報告段階では、津波は「地震に伴う事象」として先送りされた。
04年12月に発生したスマトラ沖大地震では、インド洋沿岸いあるマドラス原発に津波が押し寄せた。原子炉は緊急停止し、津波も敷地の高さを上回らなかった。しかし、冷却水の取水トンネルから海水が入り、ポンプ建屋が浸水する被害に見舞われた。このケースを機に世界の原子力関係者の間で、津波の影響に注目が高まったというが、国内で具体的な対策には結びついていなかった。
京都大学の入倉孝次郎(いりくら・こうじろう)教授は、「電力会社も国も地震や津波に関する最新の知見に基づき、敏感に問題を吸い上げる努力が足りなかったと言える。福島第1原発以外の全国の他の原発についても、従来の想定以上の地震津波が起きた場合の影響、多重防護システムが働くかどうかの検証を進めるべきだ」と話す。
869年、三陸沖を震源に広範囲に津波被害をもたらした地震。マグニチュード(M)8.5前後と推定されている。多くの家屋が倒壊し、津波が現在の宮城県多賀城市一帯を襲い約1000人が水死したとの記述が古文書に残っている。宮城県石巻平野から福島県北部にかけて、当時の海岸線から数キロ内陸まで浸水した。